洗脳第五章 マザー・テレサの洗脳法 後篇

「自分は罪人 自分には価値が無い


そう想った瞬間 


自己の評価を 他人に委ねるようになる 


価値が無い自分が 自分を判断できる筈が無い


そう感じると


人から必要とされる 人から愛される


その事が 存在意義になってしまう


洗脳者は さかんに人には罪があると言う 


価値観を 自分達に委ねて欲しいから


自分に 従って欲しいから 


自分を 必要として欲しいから 


彼らも 他からの評価が存在意義なの


その為に 誘導しようとする


でも存在は罪じゃない 


存在してる時点で もう許されてる 


貴方にはもう 価値があり


価値があるから 存在できている


貴方はそれを知っている 


そしてみんながその事を知れば


誰も 奴隷を作れなくなる 


自分の価値を 他に委ねないで


自分の価値を 自分で感じて


価値ある人生を 自分以外に 捧げさせないで 」

(コハルちゃんのお言葉<(_ _)>)


さてマザーテレサ語録解説の続き (・ω・)/


まずこういう言葉があります


「 死は悲しむ事ではありません 


私達が悲しむべき唯一の事は 自分が聖なる者となっていない事実なのです 」(マザーテレサ)



死が悲しむべきことではない  (・・;)?ハテナ?????


もし貴方の周りの 大切な人が 死んだとしたら


それは悲しむべき事でないのでしょうか?

・°・(ノД`)・°・

その大切な人がマザーテレサの言う聖なる存在になったならば 


その死に貴方の悲しみは耐えられるのでしょうか? 


考えたくない事ですが

(_ _。)

MAHAOはもし大切なニャンコちゃん達が 


死んでしまったら


幾ら聖なる存在になったからといって

。・;(≧△≦);・。 


泣き暮らすでしょう


聖なる者になろうが関係ない  


健康に楽しく 自分の傍で一日でも長く生きていてくれる事を望みます 


それが人情だと想いました 


でもマザーにとってはそうした別れは悲しみではなく 


聖なるものになってない その事実だけが哀しいと言いきりました


MAHAOは この思想にゾッとしました

(・・;)


人の死はマザーテレサの中で 心を痛む現実ではないからです


だとすれば 彼女には 人間的な情愛が欠けているのでは  


と感じたからです


「自分の国で苦しんでいる人がいるのに


他の国の人間を助けようとする人は、  他人によく思われたいだけの偽善者である


大切なことは、遠くにある人や、大きなことではなく、


目の前にある人に 対して、愛を持って接することだ


日本人は他国のことよりも、日本のなかで貧しい人々への配慮を優先して 考えるべきです。


愛はまず手近なところから始まります」 (マザーテレサ)


これはMAHAOが最も憤慨した発言のひとつです 

<(_ _)>



「 人助けしたいなら 遠い人よりも まず身の回りの人から助けろ 」


という趣旨の発言でしょうが  


これについて コハルちゃんがこう返してくれました (・ω・)/


遠くの人より 


近くの人を助けろって


もし本心でそれを言ったのなら 


彼女の中には愛が無い 


遠くの人に対する愛が無い


身の周りが 良ければ良いという発想


愛ある人から出る言葉ではない 


みんな 助けたい存在を 助けたらよいの


その選択は 許されてるから 


もしその選択が許されないのなら 


彼女の思想は 許しが無い 


オプラートに包みながら 命令してるだけ  」

(コハルの言葉)


ちなみにマザーテレサはインドでの活動に名を馳せましたが 


彼女自体はインド人ではありませんでした


母国はアルバニア <(_ _)>


彼女は聖フランチェスコのようになりたいと感じ 


インドへ赴き 活動しました


彼女自身 聖人になる為に 遠い国の地へ行き 慈善活動を行っていたのに 


何故 こう言う言葉を使ったのでしょう?


 「 あの時期のアルバニアは独裁政権下で 国中が貧困状態にあった


彼女(マザーテレサ)の活躍する場はいっぱいあった筈 


なのに彼女は 母国に帰るどころか 


その独裁者から


多額の寄付を受け取り あまつさえ彼を祝福した 


第一 国境をまたいだ慈善活動は マザーテレサの専売特許なのかしら?


人間が 自分の近くにいる人しか助けちゃいけないとするならば 


他国で起こってる飢餓や戦争へ 人々が反意を示す事ができなくなる  


それはきっと支配層にとっては 好都合 なんだと想う


世界のどこかで起きている悲劇を 助ける事ができたとしても 


遠くの人より 近くの人を助けろ という言葉で


人々が 国境を越えて 大局的に動くことを 抑止されるわけだから 


ノーベル平和賞を受賞した時に  彼女はこう言ったの


平和の為に 我々は何をすべきかと記者が問うた時に


「 家に帰って 家族を大切にして下さい 」と


でも彼女自身は 聖人のように生きたいが為 アルバニアの家族を捨てて修道女になった


世界平和の為に 


「 家に帰って 家族を大切にして下さい 」


一見聞こえの良い言葉だけど これも視点の逸らし


自分の家族だけ大切にして 世界平和が実現できるなら


世界からは とうの昔に戦争は消えている 


もっともらしい言葉を使ってるけど 本音ではこう言ってるように聴こえるの


「 戦争反対なんて言わず 大衆は 家に帰って 黙っていろ 」 と


私には マザーテレサが善意を持って慈善活動を行う者に  嫉妬を抱いている気がしてならない


彼女の眼を見ると 悪意のようなものを感じるから


それに嫉妬がなければ 他国で慈善活動を行う者に対し あのような言葉は出てこない  」

(Mちゃんの言葉)


<(_ _)>


「 貧しいことは美しいことです 」(マザーテレサ)


彼女は 貧困について 良くこう語っていました


MAHAOは貧しい事と 美しい事は同義ではないと想っています


隠遁した修行者でない限り 


人間 誰しも 豊かに生きたいと想うのは当然の発想だと (・ω・) 


物質的に豊かでなければ 自分や家族の命を維持する事はできないでしょうし


誰かを助けたい時にも 想うがままにいかない筈  


豊かな事は 可能性を広げると想っています☆


人間は 誰しもが 豊かで 楽しく 自分のやりたい事をやり 


好きなように人生を過ごす\(^o^)/☆


それが本来の人生で在るし 


みながそれを受け取る権利があると感じています 


世界全人類が みんな豊かになれば 貧困問題なんて生まれない筈


貧しい者を救う為には まず世界中の人間を豊かにする事が正しい道筋かと\(^o^)/―☆


でもマザーテレサは こう言いました 


「 貧しい事は 美しい 」と


この言葉を 何度も何度もリフレインさせ 人々の心に摺りこみました 


この言葉を聴いた人々の中には 貧しい事が美しい と想起され


逆に 豊かになる事は醜く 大金を受け取る事は罪悪という感情も想起させられてしまうかもしれません 


結果として この言葉からイメージされ 起こる事は 貧困の美化 貧困の量産

m9(・ω・)


そして彼女は貧困の解決法について このようにも答えました

(・・;)


「指導者を待ってはいけません。自分でしなさい、しかも、一人一人に。」(マザーテレサ)  


「富の中から分かち合うのではなく、ないものを分かち合うのです。」(マザーテレサ)


「ある人が私に 尋ねました。「いったいいつ、貧しい人々の貧困はやむのですか?」


私は、あなたと私が分かちはじめたそのときに、と答えました。」(マザーテレサ)


マザーは 貧困を解決する為には 


「富の中から分かち合うのではなく ないものを分かち合え」と言いました 


この言葉は お金持ちに助けてもらうのではなく 


貧しい者が幾ら無くても 率先して 人を助ける為には 分かち合え と言う意味でしょう 


でも生活がぎりぎり状態の人が 不足しがちな人が


さらにないものを 人助けの為に分かち合うようにしたら どうなるでしょう? 

(・ω・)?


貧しい人が貧しい人を救えと言ってるわけですから 


貧しい人がでないような社会ではなく 現象としては起こるのは さらなる貧者の増産・・・・・・


MAHAOは本来貧者は 富んでる人 お金持ちな人 裕福な人が率先して助けるべきだと感じます


持つ者が 持たざる者を助ける事こそ 自然な道

(・ω・)/


何故なら持つ者は 多くの持たざる者に支えられ その立場を維持できてるからです☆


(・・;) そもそも何故 極端なまでに 貧困問題が起こるのでしょう? 


大抵の場合 これは社会構造の問題です 


日本の派遣問題でも見られましたが 


何者かが 人々の労働を不当なまでに安い対価しか支払わない事から 起こるのが貧困です


本来 貧困を減らすには 人々の賃金を上げる事が有効


インドは特に 貧富の格差が多い国です


格差の最大の理由は カースト制\(-o-)


生まれながらに階層が 人々の意識に根付き 一生その仕事に従事し続けなければならない


王の子は王 奴隷の子は奴隷 


賃金を上げようとしても 奴隷から生まれれば 奴隷の職しかないのですから

(・・;)

一生 奴隷としての報酬しか得られない 


本来 インドで貧困を無くすには カースト制度の撤廃が最優先事項の筈です


でも貧困者を救うと言う名目で運動をしたマザーテレサは 


カースト制度に異議を唱えませんでした


それどころか カーストが生み出す貧困に美を感じたとまで述べているのです


これでは貧困問題を解決できないのは 道理かと・・・

(・・;)・・・・・


さらにこう言い放ちました


「 指導者を待つな 自分でしなさい しかも一人一人に 」と


これも支配層にとっては 好都合な考え


何故なら 貧困問題を解決する事を 指導者に求めてはならず


この言葉を読む人達に 貧しい人を助ける仕事をしろと言っているのですから


みんなを貧しくさせてる支配者は 諸手を挙げて喜ぶでしょう 


貧しき事は美しいと言う概念をとことん植え付け


搾取されてる姿に 美を感じさせられるようになれば 


搾取に対する反発も暴動も起きにくくなります 


何故ならその姿が 美徳とされるのですから 

(・・;)


こういう言葉もありました <(_ _)>


「あなたは、あなたであればいい」(マザーテレサ)


「 もし本当に愛したいなら 許す事をしらなければなりません 」(マザーテレサ)


彼女は 愛を許す事と説きました 


あるがままで居て良い


そう言葉を用いながら  でも他方でこう言う言葉をいっぱい説いてもいます


「 清貧の精神を保持する事が極めて重要です 」(マザーテレサ)


「 人間のほほえみ、人間のふれあいを忘れた人がいます。これはとても大きな貧困です」(マザーテレサ)


「 与えなさい 貴方の心が痛む程に 」(マザーテレサ) 


オプラートに包んだ言い方ですが ~しなさい ~でありなさい という言葉を多用しています 


これは貴方は貴方で居れば良い と言う言葉と


まったく矛盾した内容です 


もしあるがままを許しているのなら どんな生き方を選ぼうと 許す事が愛の筈 


一方で許すと言う言葉を使いながら 


他方で 人と関わりを持て 清く貧しくあれ 奉仕せよと誘導しています  

(・・;)


もし想いつめた人に この両方の言葉を植えこんだらどうなるのでしょう?


一方で あなたはあなたであればよい


でも 一方では こうしなさい こうしなさいの連続


彼女の言葉を真面目に受け取れば受け取る程 精神的に混乱してくるのではないでしょうか? 

(・・;)


ご存知の通り

<(_ _)>

マザーテレサの言葉を最も 言葉通り受け取り 


実行しようとする人は真面目な人が多いです


MAHAOの見た限りで言わせてもらうと彼女を信奉してる人程 


心に優しい人 良い人にならなければならない という義務感が強くあるように想われました  


自分は良い人でなければならない 


優しい人でなければならない


その様な意識を胸に抱え 人からの攻撃される言葉も重く受け止め 


罪悪感もどこかしら持ってしまう世界の悲劇をニュースで見ると 


自分に何かできないのだろうかっと感じてしまう人 


そんな感受性が強い人

(・・;)


そういう人程 彼女の言葉「 与えなさい 貴方の心が痛む程に 」


を聴くと ぐっと胸に染み こう感じるのです 


何故 私は今よりもっと多く捧げないのだろう? 私は今のままで良いのだろうか? 


良い人でいなければならないと想う人程 この言葉は強迫的な観念として 


心に植え付けられるのです


そのような効果を意図して発言されているから 

<(_ _)>


でも逆に良心の無さそうな人 支配階層や搾取をしてる人達は 


マザーの言葉を聴き こう想うそうです


彼女の言葉を聴いた 


支配層が 搾取を改め


全財産を投げ出したなんて話は 聴いた事が無い 



支配層は 逆に 彼女の言葉の矛先が 


自分達に向けられていない事を感じる


合図を得たかのように ほくそ笑む


これは人々を誘導できる言葉なのだと


彼女の言葉には 


良い人でなければならないと想っている人程


鞭打つような仕掛けにできているから 


人の悲劇に共感しやすい人ほど 


「 善意を示しなさい 捧げなさい 」 


とプレッシャーがかけられる仕組みになっている 


搾取家は この言い回しが 人々から幾らでも掠め取れる構造になってる事を瞬時に理解する


自尊心をくすぐり  対価無く働かせる為の 御手本のような言葉 


この言い回しを応用すれば 人々からより収奪できる事を感じるの


現にこの言葉を聴いて 無償で働く者たちがいっぱい集まった 


奉仕した人は数万人規模で居たのに 


働けば働く程  起こった事は マザーテレサの名声が高まっただけ 


療養所を作ったのも 孤児院を作ったのも 多くの人々の力が介在した筈なのに 


全て マザーテレサの功績にされている 


彼女は自分の名声を高める為に 


手足となって 働く人々を増産したかった  


その為の言葉だから 


この物言いを 役立ててる経営者が数多く居るの 」

(Mちゃんの言葉)


<(_ _)>

前編で書いた 社員を酷使していた経営者さんも 


マザーテレサの本をよく読んでいました 


呑気なMAHAOは 


最初 ボランティア好きなのかな~と感じ

(・・;)?


聞いてみたら


「 マザーテレサの事は尊敬してるんだ 心のつかみ方が上手い 」


という回答が返ってきました


その時は マザーテレサの慈善活動等に胸打たれたのかなぁと感じたのですが


どうも違った意味のようです <(_ _)9ボリボリ


その後 経営者さんは こう言いました 


「  口下手で人としゃべるのが慣れてないメールでしか会話ができない様な人間 


能力はあっても面接で落とされるような人間


そういう人間を 敢えて雇って


君は会社にとって必要 会社がやっていけるのは おまえのおかげ


と言い続けると


どんなに残業が続こうとも給与を安くしようとも


誇りを持って感謝しながら働いてくれるからチョロイ 」


彼にとって マザーテレサの言葉は この上ない教材だったようで・・・・・・

<(_ _)>



Mちゃんはこうも言いました


あの時期 慈善活動をしていたのは 彼女だけではない


でもマザーテレサの活動に 最大限のスポットが当てられ


ノーベル平和賞も贈られた 


メディアは 綺麗な音楽と 感動的な画像を織り込んで 彼女の言葉を世界に流布していった 


でも世界には 他にも慈善活動をしていた団体はあった筈なのに


一体 何故 彼女の運動だけ ああも大きく取りあげられたのかしら? 



φ(・・;)・・・・・・


マザーテレサが もっぱら人々に語りきかせてた エピソードでこういうものがある


「ある少女に 家に食べる物がないと聞き、 私は、托鉢で得た


わずかなお米を持ってその家に出かけました。


するとその母親は受け取ったお米の半分を裏の家に持っていった。


私が、家族が多いのにそんなに少なくて大丈夫なの、と、聞いたら、


彼女は笑いながら、 でも裏の人たちも飢えているのです。


と、答えました。 貧しい人は素晴らしいのです 」(マザーテレサ) 


一見美談の様に聞こえるけど 


貧しい者が分け与えてるのだから 


貴方達もそうしなさいと暗に誘導してる 


でもね普通 飢えた家族が 別な飢えた家族に食料を 分け与える現場を見たら


感動するよりも 心が痛む筈


まともな神経を持っていたら  そんな状況を見て 美しい 


貧乏は素晴らしいなんて考えが湧いてくる筈ない


どうしてこんな状況が産まれなければならなかったのか?


彼らをそこまで追い込んだ状況に 怒りが湧いてくる筈


インドは世界でも 貧富の差が激しい国


宗教思想と一体になった 身分制度(カースト制) 


不条理な洗脳が施されている


貧困な家庭に生まれた者は 一生貧困で居る


富んだ家庭に生まれた者は ずっと富裕層で居られる 


生まれたと同時に絶望が支配する それがインドのカースト


マザーテレサはそんなカースト制に否定の意志を示さず むしろ肯定すらしていた 


貧しきものを助ける という事を掲げながら  なんら貧困を生みしものに手をつけようとしなかった 


貧困を賛美し 人を集め 自分の名声を作っただけ 


  」


φ(・・;)・・・・・・・・・・


こういう記事を読んだ


ある某インドの富豪

彼は富豪なのに 質素で小さな家に住んだ  


慎ましやかな暮らしをする一方で 莫大な私財を寄付し 


カースト制を無くす運動にも 多額の寄付をしている


この報道がもし事実ならば 彼の方が 

はるかに暖かな感性の持主だと想う 


貧者が貧者に分け与えさせ 


貧しいことを

美しい事のように もちあげる行為は


私には 醜悪さしか 見てとれない 」


(((((φ(・・;))))))・・・・・・・・・・・・・・・・・・


彼女は 政治的な発言をしない理由をこう語った


「 政治にかかわる事により 世界の人々を愛する事が困難になるから 」(マザーテレサ)


これは詭弁 


もし政治発言をする事で 世界の人を愛する事が困難になるなら


善意で海外で援助活動してた人を 何故批判できるのだろう?


本音は政治家に嫌われたくなかったから 


まともな感性の人間ならば 

飢餓を引き起こしている独裁者を批判するはず 


でもマザーテレサはこうした支配層に物を言わず 


下々の者に こう言った


「 捧げろ 尽くせ 奉仕しろ 」


彼女の思想は支配層達にとって好都合なの

持たざる者に より さらなる奉仕を要求するから


まるで支配層のおべっか使い 


見返りかもしれないけど メディアは彼女の 全人格を現世に現れし聖女の如く扱った


彼女は カルカッタの療養院で 四六時中ずっと病人の看護に当たっている


そういうイメージが流布されたけれど


最近そうしたイメージに 疑念が持たれだしている


70年代から90年代の活動を見てみると カルカッタの療養所に居るより  欧米世界を飛び回り 


有名人要人達と会っていた事が指摘されている 


目の前の病人を 一人でも多く救いたかった筈なのに 


何故 海外を飛び回っているのかしら? 


ノーベル平和賞だって 賞金を受け取る為だけなら


代理の人間を 一人を行かせれば用は済むこと 


彼女のNYの個人口座には 在る期間だけで 5千万ドル以上のお金が振り込まれていたのに 


彼女のカルカッタの療養所は 当時 十分衛生的でなく 


消毒されてない注射針を使い回した事も指摘されている


そして彼女は 寄付されたお金を バチカンのキリスト教総本山にも寄進していた 


普通の神経を持っているのなら 


貧者を救う為に 集めたお金を  救う為以外の行動に使う事はしない 」


φ(・・;)・・・・・・・・・・・・・・・・・・




彼女は聖人と崇められた人々が 


精神的な奴隷にされた人々の犠牲の上に成り立っている事を知っていた


あれだけ人心を操作できる彼女だから それを知っていた筈 


でもそうと知りながらも 彼女は聖人として崇められたかった  


愛を渇望していたから


愛を得る為 多くの人々に 洗脳を施した


名声は得られ


今現在 彼女は福者として 聖人に最も一番近い位置に居る


ジョージ・オーウエルはかつてこう言った


「全ての聖人は 無実の証明がなされるまでは 有罪の推定を受けるべきだ」


と 」




最近 マザーテレサの手紙が発見され 話題になりました


その中に こういう言葉があったとの事です

<(_ _)>


「 わたしの信仰はどこへ消えたのか。


心の奥底には何もなく、 むなしさと闇しか見あたらない。


神よ、このえたいの知れない痛みがどれだけつらいことか」(マザーテレサ)


この言葉を耳にして 私はマザーテレサは 


実は信念が余り無く  劣等感故に名声を求め


そして名声を手に入れた後も 劣等感は払拭されず 


虚しさを感じてたのかなあという気がしました

(・・;)


劣等感を持ちながらも 社会的に成功をした人達が 


同様の言葉を発していたのをよく耳にしたからです


劣等感を払拭させるには 


実は他人の評価ではなく 自分の内側から湧いて出た想い 


自己愛を持たないと 解消できないと感じます


だから  根拠無く 自分に価値を感じなければ 


地位にいくら就こうとも 劣等感が 消える事はないと想います


ちなみに手紙にはこういう言葉も残されていたのだとか

<(_ _)>


「 ほほえみは仮面 」(マザーテレサ)




うちのサクラちゃん(コハルちゃんのソウルメイトニャンニャ)は


こう言っていました

「心配はみんなに運をあげる事 


心を配るは 想いをあげる事


だから 運を吸う人は みんなを心配にさせるね 


心配にさせると  運吸えるね 」


(・・;)



もともと 人間に罪があるなんて思想は無かった 


原罪思想が 植え付けられたのは聖パウロの時代からだそうです・・・・・

(・・;)


原罪とは 人間が生まれた時から罪人で在るという思想です


原罪がある人間は やがて滅んでしまう 


それを避ける為には 神による赦しを得なければならない・・・・・


だから寄進や功徳を積まなければならないと言う思想です 


でも果たして 聖パウロの言うように 

人間は生まれながらに罪深い存在なのでしょうか?


(・・;)?


私は人間は生まれながらにして 許された存在で ものすごく価値があると想っています☆☆ 

\(^o^)/―♪


もし全知全能なる神が 人間を作り給うたならば


その神様が作った人間が 罪人だなんて おかしい話だと想います

(・・;)??


全能な神様が作った存在なのだから 


人間は 最初から価値が在り 完璧な存在☆

\(^o^)/―☆


でもキリスト教のように 


人間が生まれながらに罪が在るとするならば


全知全能の神は


教育ママのように 私達を矯正する為に 作ったのでしょうか?


その行動は 神様として 相応しくない気もしますが・・・

<(_ _)9)ボリボリポリ


自然を見て 自然を感じれば


コハルちゃんの言うとおり 


許されているから


存在している 


価値あるから 存在している☆


それをひしひしと実感します☆

\(^o^)/―♪


「 

群れのリーダーなら孤独を口にするより 


みんなが 


豊かに 楽しく居られるようにするのが


リーダーの仕事  


決断し 判断し みんなの望みを叶える 


彼女が聖女なら  そうする事が当たり前 


でも孤独を恐れ 嘆いてる時点で 


リーダーとしての資質は無い


ただ群れて居れば良いだけ




彼女は人を解き放とうしなかった 


精神的に縛って 奴隷にして 


それを楽しんでいた


多くの心が  犠牲になった 」

(コハルちゃんの言葉)


洗脳は視野を狭め 


一点に集中させる事で


相手の人生を想うがままに操ってしまう手法です


死後 地獄に落ちる という殺し文句で脅し 


悪人にならない為には こうしなければならない


という恐怖感を植え付け


行動の指針を埋め込んでしまう 


その思想を受け入れてしまう事は 


価値ある人生を 別な人の意志に委ねてしまう事になります 


きっとそれは 奴隷になってしまう事を意味するのでしょう

<(_ _)>


なのでMAHAOはこう想いました


何事ももっと良い加減に生きてみよう\(^o^)/-♪


もっと視野を広げてみよう―☆ と



そして長かったですが 


最後にこの二行の言葉で 締めくくりたいと想います


<(_ _)>



「 銃や砲弾が世界を 支配していてはいけないのです。 世界を支配していいのは、愛なのです 」(マザーテレサ)


「 愛は支配なんてしない 支配するなら愛じゃない 」(コハルちゃん)



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MAHAO

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