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洗脳第二章 洗脳予防

さて 今日は 洗脳二勝(章)目! 


洗脳にかかりにくい心持について 


昔 某Mちゃんに窺ったお話をしたいと想いまふー

<(_ _)>


「  人は 感じなくされている 


この世には そうした無数の洗脳が渦巻いている


それらの洗脳にかからずに 自然で好きな生き方を目指したいのなら


まず自分を 適当で いいかげん な状態に おいてみるのもよいのかもしれない   


洗脳にかかりにくい人は  意外に 


物事を 適当で 大雑把に 捉えてる人の方が多いから 」


φ(・・;)・・・・・・・・・


「 洗脳は基本は 誘導の技術


人をある地点に誘導するように 


視野や視界を徐々に徐々に狭めていく


その地点しか見えなくなるように 


狭めるものは なんだって良い 


掟や道徳 善悪の価値基準 


望ましいとされる生き方 公衆道徳 


成功するには努力が大切等の誤った知識  


そのような公式的な考えを 次から次へと植えつけていく


そうしていくと 心のフィールドが ガシャーンガシャーンと遮断されていく


それが突き進むと  植付られた人の目には ある種の生き方だけしか入らなくなる 


「 あれも駄目 」「 これも駄目 」

 「 これは人として望ましい生き方ではない 」

「 恥ずべき振る舞いをするな 」

「 こういう生き方って 素敵だと想うな 」


って言う風に どんどん植え付けられれば 


人間の選択肢なんて 無いに等しくなる


でもね そんな状態の中に置かれると 


貴方の好きにすれば良いよって言われると


人は 見えてるたった一つの生き方を 自発的に選んでるような感覚になる 


これが洗脳 


対象者の視野を狭くする為に 時間をかけて 


心理的に見えない壁を次から次へと施していく


そして ふと気がついて見ると 自分の生きる道筋は 


これしか無いという精神状態にされている


最後に それを選ばせるように仕向ける 


催眠ショーで 一点を見つめるように 観客を誘導する事があるじゃない 


あれを長期的に し続けてるような状態かな・・ 」


φ(・・;)・・・・・・・・・ 


「 人は明るい野原の道で話すより


暗い夜道にいる時の方が   不安も相まり 


心理的誘導を受け入れやすい 


メディアはさかんに 不安を煽ろうとする 


相手に不安がつけば 自分らの施す洗脳に かかりやすくなるから 


でもどんな時でも 自分のスタンスを保ってる人 


精神の安定してる人は 洗脳にかかりにくい 


特に 適当で いいかげんな人間は 洗脳にはかかりにくい 


いつも物事を 適当にしか 見ていないから 


恐怖感も余り無いから 



適当と言う言葉は 心理学用語で  「 抽象度をあげる 」 という言葉にも言いかえられる 


心理学者の一部は 世間に流布する洗脳にかからない為に 


思考の抽象度をあげろ と説明するけど


肝心の説明の仕方には 抽象度が欠けている 


おそらく「 抽象度をあげろ 」と言われて 


実感が掴めない人が大半じゃないかしら?


MAHAOに 思考の抽象度を上げろって言ったら 


どういう反応をする? 」




φ(・・;)・・ちゅっ抽象度???


・・・・・・・・抽象画?を立てかけるとか・・・・・・・・



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


MAHAOだけじゃなく 


「 抽象度をあげろ 」 と言われると 


ほとんどの人は 聞かれた時点で混乱すると想う 


その後 必ずこういう質問が来るもの 


「 具体的にどのような行動をとれば良いのでしょうか? 」


でも具体的な行動を 教える時点で  その人間から抽象度を奪っている事になる


何故なら抽象度をあげるのは その人の思考を大雑把にする事だから


大まかな思考に 人を導かなければならないのに 


具体的に あれをしろ これをしろ と指図したら


その人間は マニュアルに添うように 教えられた行為しかしなくなる 


でも いいかげんで 適当にしてればよい と言えば 


ほとんどの人は どうすれば良いのか 大体のニュアンスが掴めてくる 」


φ((・・;)コクン


「 大局的に物事を見させるのには 


適当に眺める とか 大雑把に見る という言葉を使うのが 効果的


適当 という状態は 物事に囚われてない証  


外界から何か情報を与えられたとしても 適当でいると その情報に没入する事は無い  


何故なら 適当な状態に置かれると 心が入ってくる情報に 


常に適度なスタンス 距離感 を保てるから 


都合の良い奴隷にさせられない為には   


いいかげんに物事を見て 感じて 適当に行動してる方がよいの 


何でも言いなりになってしまえば 


それは自分の人生を相手の言葉に委ねてしまう事になる 


適当は 視野を広い状態にも置ける  


視野が 広くなれば 本質の理解力も上がる 


例えば トレード法を聞かれた時に  こんな感じの説明をしてみたとする 


「 チャートが勢いを描くような 気配になったら 


そんな時 反射的に買ってみて 勢いに乗って売る 


でも周囲の感じを見て 気が弱まったと感じたら 数秒以内に売る 」


普通の人にこんな感じの説明をしても 


「 具体的にどういうトレードをしてよいのか わからない 」


って答えが返ってくると想う


何故なら 通常の人々は 適当に物事を見れていないから 


視野が狭いから 


「 そんな時に買ってみて 」 と 言われても


「 どの水準で? どんな位置に来たら? どういう出来高になったら? 」

っと様々な考えが渦湧いてくる 


これは今の学校教育が 常に試験等で 公式的な回答を要求してるのが原因


三段論法の様に古来から使われてる洗脳法を用い 


定義された答以外を 感じれなくなるような教育をされる 


それを 12年も続けられると  大人になるまでに 感覚的な能力は阻害される  



考えるのではない 感じる



子供の頃を想いだして 


子供の時は みんな今より いいかげんな捉え方をしていた 


物事を大雑把にも見ていた 


でも本質を理解するには 子供の様な思考のとり方が必要


子供は何気に勘が鋭いし


視野をおおざっぱに 持つ事により  大人が気づかぬ所まで見ぬけたりする  


株の短期売買に大事なのは 気の流れや 勢い


それを見るのは 公式ではない 


むしろ風の流れ 人の心を見るのに近い 


風は大まかな流れがありながら その流れの中で 


小さな風が 様々な障害物に当たりつつ 千変万化に揺らいでいる 


風の大まかな動きを知りたい時 


傍に生えてる木の枝の向きの 揺れ幅を 観測し続けても 


風の本流がどっちの方向に向いてるのか 掴めない


木や雲の流れをおおまかに見れば どっちの方に動いてるのかわかる


適当 いいかげん な状態は 大まかな流れを掴むのに適してる 


でも適当に聞いてれば さっきの株の説明だって 


何を言わんとしてるのか 大体のニュアンスが 掴めてくる 


「 全体の気を見る 」


と言われた時も


適当で居れば  感覚的に 何を言わんとしてるのか 大体 掴めてくる 


理解力が上がる 


何でも緻密に知ろうとする行為は  逆に 全体への理解力を鈍らせる結果にもなる 


小枝見て 森を見ず 


大きな流れは 大きな視点でなければ掴めない 」


φ(・・;)・・・・・・・・ 


バカは高い所が好き 


迷路上で ゴールを目指す時 


出口を目指すルートを探す時 


歩いてる視点にだけ 頼ると


道が分岐したり くねくね曲がってするだけで 


混乱して迷ったりする


でも視点を 常に高い所に置いて見れれば  


どの方向に進めば良いのか わかりやすい  


バカと言われてる人は 出世しやすい    


芸術を見るのも適当に見るのが良い  


構図とか デッサンとか 配色などで 


事細かに 絵を判断しようとすればするほど 


芸術の本質からずれてくる


芸術は魂 想い


何故 この作品が人々に愛され続けたのか 


それを理論や公式で置き替えても 答なんて見つかろう筈は無い 


感覚的な物に任せるの 


適当に見ていると  名画と言われるものには 心に響くなんらかのものが跳ね返ってくる 


それが作品の本質 籠められた想い


絵画展の審査員席でふんぞりかえってる


理論で頭が ぎゅうぎゅうになった 権威先生方が


描く様な 型にはまった作品 気の抜けた作品とは 


異質のエネルギーが なだれ込んでくる  


構図や理論で 名画が描けるのなら コンピューターにだって名画が描ける


後世に評価されてる作家の多くは 


こうしたアカデミズムと 反していた


適当に 物事を見れない事により  


本質を 見る感覚が無くなっていく


勉強した仔細な部分に囚われて  その牢屋の窓からでしか 


見る目を持てなくなった


そうした人間は いずれ時代の波に取り残され 消えていく



メディアの発信する情報も 鵜呑みにせず 適当なスタンスで捉えた方が良いの


向こうが発信する情報に 意識を集中すると 彼らの誘導に巻き込まれるから  


いつの間にか混乱させられ 別な目的地につけられてしまう


真面目な人ほど 洗脳にかかりやすい 


でも適当な人は かかっても解けるのも早い 


適当だから 


何物にも盲信しないから 


全てにおいて  適当で いいかげんでいる姿勢は重要


適当で居れば 大体の方向性 流れが掴めてくる 


適当という状態は 何事からも 一定の距離がとれている状態を示す


それに適当やいい加減は 物凄く 深くて良い意味がある


適当は 適して当たる  


いいかげんは  いい かげん 


どちらも 丁度好い塩梅を表す言葉 」


φ(・・;)!


「 人間は見たり覚えたりした知識は  必ず潜在意識に残される


意識が適当な状態を保っていると  人生で得た情報の中から 


その場に合わせた有用な情報を 潜在意識が意識にあげてくれる構造になってるの


でも意識に絶えず 何らかの情報が ずっとあると


潜在意識が その時に適した情報を出そうとしても 意識の情報に阻まれ のぼってこない 


ゴルフをしている時に 


フルセットを持っているキャディーが 後ろにいるのに 


手に持っている パットを離さずに 


それでグリーン 全てを 周る様なもの 


常に 適当で居た方が 結果として得をする   」


如何でしょうか 皆さま? 

<(_ _)>


Mちゃんの話  MAHAO的にはイマイチわかりづらい部分もあったのですが・・・


まあ常に適当でいれば 洗脳にはかかりづらいような事はわかったので

(*゜▽゜ノノ゛☆



いいかげん且つ 適当で 大雑把なMAHAOは 

これからもひたすら適当人生♪を歩み続ける事を決めました☆☆

(>ω<)/ 


ちなみにコハルちゃん曰く 


夢の世界を描いた文学や絵は その意味を理解しようとするのではなく


そのまんま その世界を受け止めた方が 理解しやすいようです 


「  

感情が大切


この世は 全て想いの緩衝 


みんな自分の陣地に 引きづり込もうとしあっている 


それが響き合い  」


まあ こんな感じのコハルちゃんの言葉で今回締めくくりたいと想います☆ 

<(_ _)>


次回の洗脳シリーズは 努力教について書いてこうかなっと想います


また 次回記事は はじまりのおわりを予定しています☆ 


でもいいかげんなので 記事内容が変わるかもしれませんが・・・


<(_ _)ノシ)) メンゴしてね♪




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